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大君 (たいくん) 外交

1633 (寛永10) 年、
江戸時代の初め / 2代将軍・徳川秀忠の時代に柳川一件という事態が起きた。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%B7%9D%E4%B8%80%E4%BB%B6

前政権・豊臣秀吉の朝鮮出兵 ~ 断絶していた日朝、日明関係の国交修復が試みられ、九州・対馬藩の宗氏を仲介に朝鮮国との交渉が行われることになります。

当初、「日本国源秀忠」と送る予定の国書を、対馬の宗氏は独断で偽造し「日本国王秀忠」と署名して貿易の開始を取り付けた。という事態です。


ー・→


江戸幕府の徳川家は朝廷より『征夷大将軍』という称号を得ていましたが、その称号は国内では通じても ⇔ 国外では通じません。
*当時、東アジア貿易 / 冊封体制下の対明貿易を行うには、明 (みん / 中国) の臣下となり、その国の代表としての称号が必要でした。


ー・ー


その昔、
大君 (たいくん) 外交
室町幕府の足利義満も『征夷大将軍』という称号で日明貿易を試みましたが、明側から日本代表とは認められづ『日本国王』という称号にて貿易を許されたいきさつがありました。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E7%8E%8B


ー・ー


2代将軍・徳川秀忠の時代の朝鮮国は明 (みん / 中国) の冊封体制下にあったので、九州・対馬の宗氏を介して貿易を試みましたが、対馬の宗氏は「日本国源秀忠」という国書では日本代表とは通じないと独自で判断し「日本国王秀忠」と偽造 / 署名して貿易の開始を取り付けたように思われます。


ー(・・;) ー・ー


その昔、http://asakobonobulogu.ti-da.net/e8393148.html 室町幕府の3代将軍・足利義満が冊封体制下『日本国王』として貿易をした時には『逆賊』と呼ばれた事もありました。

⇔ しかし、

対外貿易は行いたい。


ー!ー


そこで!
江戸幕府の徳川政権は日本国大国 (にほんこく たいくん) という称号を考えます。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E5%90%9B

しだいに日本も、明 (みん / 中国) の冊封体制下にあった朝鮮や琉球を通して → 対外貿易を行うようになります。




















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Posted by 阿佐工房 at 2016年03月17日   00:43
Comments( 3 ) 下書き 昔の出来事
この記事へのコメント
その頃の時代の貿易の品物と言うか商品は日本製の扇子、刀、また絹、金、銀、いおう(火薬の材料)なども考えられます。
Posted by チョコチップバニラチョコチップバニラ at 2016年05月24日 12:39
>チョコチップバニラさん

日本には 「硫黄」 はあるけど『硝石』がない ⇔ 中国には『硝石』はあるけど 「硫黄」 がない。という関係で、また日中の両国はプライドのようなものがあり、琉球が両国の中継貿易をしていたようにも思います。
Posted by 阿佐工房阿佐工房 at 2016年05月24日 13:14
自分もそう思います。
Posted by チョコチップバニラチョコチップバニラ at 2016年05月24日 16:49
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