無 (ム) と空 (クぅ)

阿佐工房

2016年03月06日 00:36

天気予報では、
「降水確率0 (ゼロ) %」 ではなく ⇔『0 (れい / 零) %』と呼ぶといいます。

零細企業などの 「零 (れい) 」 は無 (ム) ではなく、微 (わず) かに有るという意味で、「降水確率 0 (れい / 零) %」 でも雨が降る場合があり、0 (ゼロ) は 「無」 ⇔ 0 (れい / 零) は 「微」 と考える人もいるようです。

⇔ ところが、

0 (ゼロ) は 「無」 ではなく ⇔『空』だという考えもあるようです。


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むかし、
地球上に 「0 (ゼロ) 」 という数字が存在せづ、インドで 「0 (ゼロ) 」 が生まれたといい、「0 (ゼロ) 」 は 「無」 ではなく『空』という考えで、仏教の教えから『空』の考えが来ているようです。

その先駆けは、
大乗仏教の祖・龍樹 (ナーガるジューナ) の説いた『空』という考えから 「0 (ゼロ) 」 という数字に通じたとも云われています。

仏教の祖・お釈迦さま の教えは 「苦」 でした。http://asakobonobulogu.ti-da.net/e8454052.html

‥釈迦の教説‥

その苦の原因は、恋をする ⇔ 嫉妬、金に執着して、地位にとらわれたり‥そういう欲望が苦を生んでいる。

苦を脱するには、欲望を滅ぼし、生まれ変わる原因をなくします。


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龍樹 (りゅうじゅ / Nāgārjuna) は、https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E6%A8%B9
お釈迦さま が説いた欲望 (よくぼう) の否定は 「こだわり」 であり、肯定 (有) でも否定 (無) にもとらわれない『空』が説かれる → それは大勢の人々を救う事ができる → 大きな乗り物 → 大乗仏教となりました。

「無」と「有」の間にある『空』の立場から仏陀の本来の主旨に軌道修正したという。


ー・→


羊が一匹、羊が二匹、3匹 ‥・‥→ といったように、
羊が0匹という状態は、羊が 「無」 → 存在しないではなく ⇔ 羊が『空』の状態が存在するという考えです。

例えば、「千三十」 という状態では、 「0 (ゼロ) 」 は見えないけど存在する。

「0 (ゼロ) 」 という数字が存在する事によつて、
千三十 → 1030 → 1の位 (くらい) と100の位 (くらい) の 「0 (ゼロ) 」 という状態が 「無」 ではなく ⇔『空』という状態が存在する事が解るようになったといいます。

何も 「無い状態」 ではなく ⇔『空という状態』が存在する。
* 「無気」 は気が無い状態 ⇔『空気』は見えないけど有る状態。

日本の さまざまな仏教は、

すべて龍樹 (りゅうじゅ / Nāgārjuna) の説いた 大乗仏教 に分類されているようです。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%97%E4%BB%8F%E6%95%99


ー(・・? ー・ー


ところで!
龍樹 (りゅうじゅ / Nāgārjuna) の名前には、「ナーガ」 という文字がついている事について気になりました。

「ナーガ」 とは蛇 (ヘビ) の事で、

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E6%A8%B9
龍樹 (りゅうじゅ / Nāgārjuna) は頭に『蛇 (ナーガ) 』が乗っていました。

そのこと もまた、
かなりの影響を与えているように思われます。
















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