首里織について

阿佐工房

2013年08月23日 00:38

ー 首里織のはじまり ー

14~15世紀、
日本は室町 / 中国は明の時代ころ、琉球は東アジアや東南アジアなどと交易により発展しました。その交流過程によつて、さまざまな国の染織技法を取り入れ、琉球独自の気候風土も組み合わせて、多種多様な琉球織物を生みだしました。その数種類の琉球織物の1つに 「首里織」 があります。

当時、琉球王朝に仕える絵師の描いた御絵図帖 / 図案をもとに、各島々の人々が布を織り、御用布 (貢納布) として献上されていました。


↑紙による御絵図帖 *紙 → 布に、


ー 琉球の織物 ー

古く首里織は、大きく分けて2つの特色があり、商人や庶民的な 「平織」 の並織物、首里の士族階級のみ着用が許された 「平織と紋織」 の上織物がありました。

古い文献には、

那覇は並物 ⇔ 首里は上物、芭蕉布は喜如嘉、花織は読谷山、久米島は紬の茶絣、宮古島は麻の紺絣、八重山は麻の白絣といふやうに分担が決まつてゐた‥ とあり、複数ある琉球織物の1つに首里織があります。


ー 首里織の種類 / 技法 ー

首里絣、諸取切 (ムルドッチリ)、道頓織 (ロートン織)、綿挟 (ミンサー)、花織 (はなうい)、花倉織、手花織 (てぃぱなうい) などがあります。

首里絣と琉球絣の違いは緯 (よこ) 糸の 「手結式」 ⇔ 「絵図式」 などの違いが見られます。

諸取切 (ムルドッチリ) とは、全て (ムル) 、絣 (ドッチリ) → 全て絣 ≒ ムル絣という意味で、全て絣模様の 「平織」 の織物。

*絣 (かすり) は鳥 (トゥイ) 柄をよく使用することから、鳥絣 (トゥイかすり) → 絣 (ドッチリ) と表現される。


ミンサーとは、綿 (ミン) を挟 (はさ) んで織る 「綿挟 (ミンサー) 」

↑ 綿糸による織物。



道頓織 (ロートン織) とは、表裏両面が経 (たて) 浮きの 「絽織」 の織物。



花織は、緯 (よこ) 浮き模様の 「紋織」 の織物。





花織に手縫いを入れると、



手花織 (縫取織) になります。



花倉織は、花織 (紋織) → 紗織と絽織を組み合わせた 「絡み織」 の織物。



花倉織 (絡み織) はスキを作るので夏用として用いられています。


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織の技法では、平織、紋織、綾織、紗織、絽織、掛織 (絡み織) など見られます。
 


↑平織とは紋模様 (浮模様) のない織、




↑紋織とは浮織の事で、経 (たて) 浮き、緯 (よこ) 浮き、両面浮きと言った模様がある。


綾織は斜め模様の織。



紗織は2つ綜絖で経糸 (たていと) を左右交差させる織、絽織は4つ綜絖で経糸 (たていと) を交差しスキを作る織、



紗織と絽織を組み合わせた花倉織 ≒ 掛織 (絡み織) もあります。



柄 (ガラ) には無地、縞 (しま) 柄、絣 (かすり) 柄などあり、無地の平織、縞模様の平織、絣模様の平織など‥ あります。



主に、首里花織や花倉織は正絹 /1級の絹糸、首里絣は 「紬糸 (紡いだ2級の絹糸)」 、ミンサー / 半巾帯は綿糸を使用していました。



↑正絹 (1級絹糸) の花織



↑紬糸 (2級絹糸) の花織



↑木綿 (綿糸) の花織



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阿佐工房では主に絹糸を使用した花織、花倉織、綿糸を使用した花織、紬糸を使用した花織を取り扱っております。














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